手をつなごう!(乳がん体験記)

CTと骨シンチグラム検査

平成22年11月20、職場にもう1日お休みを頂いて午前中から熱海の病院に向かった。

昨日I医師に予約を入れてもらったCTと骨シンチグラムの検査のためだ。「おそらく今の段階では転移はしていないだろう」というI医師の言葉を何回も思い出して、勇気をふりしぼった。

今日の検査で全身のガンの転移の有無がはっきりする。もしも転移していたら…。緊張と不安のせいか、造影剤の点滴針がなかなか血管を通らない。

4箇所目で検査技師さんが「主治医を呼びますね。すみません。」と言ってI医師を電話で呼び出した。


I医師は「こんにちは。刺さらない?ちょっと見せてね。(グルグルと私の腕を見渡して血管を見つけて1発で成功!)20秒ほどで「はい、終わり。」とクールに姿を消した。先生、腕が良い!ととてもかっこよく見えた。


昨日エコー検査をしながらの組織検査で右の胸にほんの少しメスを入れたので、その部分がズキズキ痛い。その痛みもCTの検査が始まると、緊張感のせいで忘れていられた。

造影剤が体内にしみ込むと、予告されていた通りに膀胱がジワジワっと熱くなった。初めての体験だった。


CT検査が終わり今度は骨シンチグラム検査が待っていた。
点滴の針が肘に刺さっていたので、予約の時間よりも30分ほど速めに検査室に呼んでくれた。

「腕が曲げられないのは不便でしょ?ごめんね~。早く検査を済ませたら抜けるからね。」と技師さんが木をつかってくれたのが、とっても有り難かった。

「どこにも転移いていませんように!」心の中でずっと祈って検査のベッドに寝ていた。体が震えた。40分ほどか?とても長く感じた。

検査結果が分かるまでの日々は、正に『地獄』だった、、、。




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主人の反応

予備校の教室責任者として勤務している主人は毎晩24時に帰宅する。私が乳がんと診断されて一人とほうもなく不安にかられているところに、いつもの24時に主人が帰ってきた。

「おかえり…。ガンだよ。」と言って主人の顔を見ると、目を真っ赤にしていた。真冬の寒さによるものか、と一瞬思ったけれど、違った。最寄り駅から自宅まで徒歩15分、この間泣きながら歩いて帰ってきたらしい。

普段、眉間にシワを寄せてイライラしている感じの日々だったので、正直私は驚いた。家族として一番近くに居る者だし、ショックは大きかったのか。「大丈夫だよ。そばにいるから。」と涙声で泣き続ける私の背中をさすってくれた。

主人は一人で何でも出来る人物で、料理・裁縫・家電の修理。趣味はカメラいじり、または撮影、つり、万年筆の収集、ドライブとたくさんあり、はっきり言って「女房」など必要としないだろうと思わせる男性だ。たとえ私が目の前から消えてもさして悲しみはしないだろうと思っていた。

だから泣きながら帰って来るとは意外だったのだ。普段から自分の気持ちをあまり言わないので、一体何を考えているんだ?と理解不能なことが多々あった。誤解もたくさんしてしまった。

休みの日もパソコンに向かって書類を作成したり、教え子に激励の電話をしたり、まさしく仕事人間状態の主人に私の闘病のサポートを強いるのは、とても嫌だった。

病院で泣きながら考えたのは「離婚」だった。私も自分の事で精一杯になるし、毎日あのイライラした姿を見ているのが切なかった。喧嘩になるのは目に見えていたから、とっさに離婚したくなった。

背中をさすってもらいながらも「離婚しよう」と言った。主人は「なに馬鹿なことを言ってるの?するわけないじゃん。」とだけ言って食事をとりはじめた。私は顔は見なかったけれど、「ごめんね。」とだけ言って布団にもぐった。




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右手が!

120417_1921~01 夕方いつものようにピアノを練習していたら、右手に「ビーン」という痛みが走ってびっくり!無理をして弾き続けると腱鞘炎になりかねないので、弾きたい気持ちをグッとこらえてシップを貼りました…。右の脇の下のリンパ節を切除しているので、調子に乗って右手を使うと、左手よりも痛みを感じやすいみたいです。チェルニー30番の1番と2番を弾いただけで今日はやめておきました。悔しい!



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母が祝ってくれました!

母が祝ってくれました。母が祝ってくれました。

東京の練馬区田柄にある、「サンマルク 光ヶ丘店」で母が私と主人の誕生日を祝ってくれました。2人とも4月生まれなんです。



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母の思い

母は私からのメールを見て「仕事が終わって家に着いたら電話をする」と返信をくれた。夜の8時過ぎに母と電話で話ができた。

「お母さん、ごめんね…。明日また病院でCTと骨シンチグラムの検査があるけど、間違いなく悪性だって。」


開口一番に「すぐにカツラを作りましょう!お母さんがプレゼントしてあげる。お友達で抗がん剤を投与していた方がカツラを被って生活していたのよ。女性にとっては髪の毛が抜けていくのは特に辛いって聞くから。胸もお医者様が取るっていうなら全部取ってもらいなさい。」

猪突猛進な性格の母は私よりも先に覚悟を決め、戦闘態勢に入っていた。この母の気の強さにとても助けられた。


母も10年ほど前に直腸がんを患い手術を受けた。抗がん剤の投与はしなくて済んだものの、「ガン患者」として先輩と言える。気丈に振舞ってくれた母が電話の最後につぶやいた。


「病気にさせちゃって、ごめんね…応援するからね。」


この言葉に涙が再びあふれた。母には心からあやまるしかなかった。(親不孝な娘でごめんなさい。)




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家族への報告

まさか初診で「乳がん」と告げられるとは夢にも思わなかったので、私自身がショックを受けているし、東京で1人暮らしの中毎日働いている75歳の母にこの事実を報告するのがとても辛かった。申し訳なさでいっぱいになった。


実は2008年の初冬に私は子宮を全摘出している。この時も母には随分と切ない思いをさせてしまった。子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症の3つを退治するには全摘出しか道は無かった。

その年の夏に大出血を繰り返し、貧血の数値が5.7まで落ち、階段を上るのも息切れするようになり、真っ青を通り越して黄疸のような顔色をしていた。仕事の内容も力仕事がほとんどだったので、5ヶ月くらい休職させてもらった。

母には経済的にも助けてもらい、せっかく健康な体に生んでもらったのに臓器を摘出することになって本当に申し訳なく、やるせない思いだった。

ようやく貧血も治って毎日を元気に過ごし、以前よりも充実した日々を過ごせるようになってきたのに!また母に心配をかけ、悲しい思いをさせてしまう…。


「乳がんでした。」というメールの送信ボタンがなかなか押せなかった。でも内緒にしておくこともできないので、泣きながら送信ボタンを押した。


2歳下の妹はこの時2人目を妊娠中で、41歳になる高齢出産を控えていた。どうしようかと悩んだけれど、後から知らせるよりは良いだろうと思い電話で報告をした。


とても冷静に受け止めてくれた。「こんな大変な時に驚かせて本当にごめんね。お互い命と向き合う時期だね。頑張るからね。」と言った気がする。妹は「何もできなくて、ごめんね。」と言ってくれた。




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愛犬 アンディーです!

突然ですが、来月で12歳になる我が家のオカマ犬。最近では「ご隠居」と呼んでいます。今日は月に一度のトリミング(シャンプー 5,500円)と混合ワクチンを打ってもらいに動物病院に行ってきました。フジテレビの「今日のわんこ」に出演したことがあります。
愛犬アンディーです。



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初診イコール乳がん告知!

看護士長のSさんも診察室にいてくれた。I医師は出来る限り優しい声で話して下さる。初めてお会いしたけれど、その優しさは感じ取れた。

「さっきも少しお話したけど、ガンの可能性が高いので、CTと骨に転移していないかの検査をしたいのだけど、明日も病院に来れる?」こんなにスピーディーに検査の予約が出来るなんて、よっぽど悪いのか!?と不安になったが、「来れます。胸を全摘するんですか?」と聞いてしまった。

するとI医師とSさんが声をそろえて「そんなそんな!」と言った。I医師が「今日の検査だけの判断になるけど、おそらく転移はしていないから、大丈夫。よく勇気を出して病院に来てくれたね。今は良いお薬がたくさんあるからね。僕が助けてあげる。頑張ろうね。」


この言葉は今でも私の宝物だ。この場で涙がピタッと止まった。「先生、私とても怖がりだけど、先生を信じて頑張ります。どうぞよろしくお願いします。」そう言って診察室を後にした。Sさんが会計の窓口まで送ってくれた。

この病院に来て本当に良かった!乳がんであるという現実は悲しくて怖いけれどこの時は素直にそう思えた。




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組織検査について

I医師が前もって組織を採取するときの注射器の音を聞かせてくれた。「パン!パン!」そして、「3箇所から組織を採るから、びっくりしないでね。もう麻酔をしているから痛くないよ。頑張ってね。」

麻酔を2本打たれたのでここからは痛くないはず!それでも怖くて呼吸もできなかった。青いシートがしかれているし、まるで手術している感じ。

1回目、2回目のパン!という音がした時は全く痛くなかったけれど、最後の3回目の脇に近い部分の組織を採る時にはズン!という感じの重さを背中まで感じて「少し痛かった。」ともらしてしまった。

ちゃんと組織が採取できていなかったらもう1回注射をすると言われていたので、「どうかうまく採取できていますように!」と心の中で願っていた。


「ちゃんと採れていたから検査は終わりだよ。もうこれ以上怖い検査はしないからね。」医師のこの言葉に全身の力が抜けた。

メスを入れた箇所に絆創膏をはるまで少し時間がかかった。なかなか血が止まらないと言って1分くらいそこを圧迫されていた。本当に手術だよ、と思った。


皆さんに励ましてもらって無事に恐怖の組織検査は終わり、看護師さんが着替えるのを手伝ってくれて、私が再度診察室に行くまでずっと手をつないで付き添ってくれた。とっても有り難く、心強かった。


この女性にこの後もたくさんの優しいお気持ちを頂くこととなる。看護士長のSさん。



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エコー検査と告知

I医師がエコー検査室からそっと姿を現し小さな声で私の名前をささやいた。泣きはらした私の顔を見つめ、「大丈夫?」と優しく聞かれた。正直に「ダメ…。」と涙ながらに答えた。

ウツロなままに検査室に入った。そこに一人の看護師さんが優しく微笑んで立っていた。私のそばに付き添ってくれる。

上半身裸の状態でベッドに仰向けに横たわり、両腕を頭の下で組むように促される。「まだ怖いことはしないからね。」I医師はちゃんと私の言葉を覚えていてくれた。

3歳児のように優しく言葉をかけながら検査を進めていった。まずは右のシコリのある部分を画像で確認するやいなや、ためらいながらもはっきいりと言われた。「この形からして、限り「なく悪性に近いものだね…。」

いきなりの告知!!思わずついて出た言葉は「えっ!うそでしょ!?ホントに?」この3つだったことを鮮明に覚えている。私の足元をおさえている看護師さんもその言葉を聞いていた。動揺する私に、「孤独ではない」と言うことを態度で示してくれている。I医師からは更に耐え難い言葉が続けられた。

「これからシコリの周辺に麻酔をして組織検査をさせてね。」泣きじゃくりながら必死にお願いをした。「先生、時々頑張れ、とか声をかけて下さい。怖くてたまらない!」

I医師は本当に時々声をかけてくれた。看護師さんも「頑張って!」と応援しながら私の足を押さえてくれていた。最初にチクッとしただけで、乳房への局所麻酔はほとんど痛くなかった。




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エコー検査を待っている間の心理状態

マンモグラフィー検査を終えて病院内をウロウロとさまよっていた時に偶然、私の次に診察室に呼ばれた女性を見かけたので声をかけてみた。

彼女はこの日検査が出来ないと医師から告げられてもう帰宅すると言うので思わず聞いてしまった。

「なんで!?私は午後にエコー検査と組織検査も受けるのに。たった一人順番が違うだけで、来週に検査をするの?それだけ私は悪化しているってことかな。」彼女は答えてくれた。「予約がいっぱいだそうで、来週になりました。」

予約が既にいっぱいの中、私の検査は強引にねじ込んでもらえたのか!喜んでよいのか、悲観にくれるべきなのか複雑でますます不安になった。

今にして思えば私はとってもラッキーだったと胸を張って言える。この超スピーディーな医師の対応のお陰で治療の全てが円滑にこなされたのだから。


それでもこの初診の日はとてもじゃないけどそうは思えなかった。「もうダメだ、死ぬんだ。アンディーをおいて死ぬんだ。

こんなに急いで検査をするってことは相当悪い状況に違いない。」午後の2時まで何回もこの台詞が頭の中でグルグルとうごめいた。

まさか自分がガンになるなんて!この病院の目の前は見渡す限り海が広がっているので「飛び込もうか。」とも考えた。

でも愛犬アンディーを残しては死ねない。どうしよう、どうしよう、、、、、!

主人は私よりもはるかに家事全般が得意で私がいなくなっても困らないだろうけれど、アンディーは私が独身の時に飼った犬で主人に任せて先立つことは出来ない。本当に悪夢のような数時間だった。




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